ずいぶん以前に墨書感想画を描こうという課題があって子どもたちに何冊かの本を提示し、その中から絵にしてみたい本を選ばせたことがあった。多摩動物園のオラウータンの飼育係の書いたあるオラウータンの飼育日記だった。
こちらの計画では挿絵を伏せて、本を読み聞かせ絵を描かせるのだが、読み聞かせはせいぜい1時間と考えて始めた。たいていそれくらいで飽きてくる。それくらいしか時間は取れない。伸びても2時間だろう。読み進めるほどにオラウータンの知恵の深さに感心し、魅せられていく。飼育係の同じような実験が続く頃、とうに時間は予定を大きく上回っていた。もう描けるだろう。教師根性で打ち切りを宣言した。「はい」と、手が上がり「つづき読みます」という。はっとして、許可した。丁寧でわかりやすい読みは、読み手がこの本に魅了されたことが伝わってくる。
「はい。疲れました。誰か手伝って」「はい」バトンタッチが始まった。私の中で、絵を描かせる目的が吹き飛んだ。読み継ごうという子どもたちの意欲に圧倒され、喜んで明け渡した。誰もが内容に惹かれて声に出して読みたくなっていた。日頃音読を苦手とする男児が手を上げた。誰もが感嘆の声をあげ、彼に読み手を譲った。漢字が読めなくて詰まると、近くのものがそっと援護する。つっかえると「がんばれ」の小さな声がする。私はこの場面を絵にしたくなった。
とうとう4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。「あーあ。読めなかった」「おれも読みたかった」心意気に共感して給食後も最後まで読み継いだ。
ここまで書いて、声に出して読みたくなった本の題名を思い出した。「オラウータンのジプシー」だ。
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