我儘でごめんなさい。残り時間が少なくなってきたので、やり残したことのないようにしたいと思います。
今回は、縄文野焼きを通じて、ホピの人々のスピリット、哲学を学ぶことができました。近くの農家に泊めていただき、オランダ人の考古学者とも交流することができ、短い時間でしたが疲れも忘れて楽しいひと時を過ごしました。「ミミズク土偶」は来年の野焼き祭の後、帰ってきます。
13時からの営業です。
2016年10月12日水曜日
2016年10月11日火曜日
『黒潮の海』の展示室でルーベンさんとの交流会
猪風来美術館第5展示室で野焼きの後、アメリカ先住民族ホピのルーベンさんとの交流会が20時半まで行われた。
アメリカ合衆国にあって、居住地を奪われ、迫害の歴史をたどりながら、今も母系制社会を維持し伝統を守りつづけるホピ族の代表としてホピのスピリットと哲学を伝えてくださった。
猪風来さんは12000年つづき約2500年前に父権制社会移行した日本列島の母系制社会縄文について社会の有り様や哲学について語られた。
「私たちは母なる大地の子どもである。平和を象徴するため4つの人種が置かれている。ホピは赤い色の、日本人を黄色というように。人種は違えども我々は皆兄弟姉妹であることを忘れないで。すべての存在のバランスをとりながら生きるのがホピの生き方。ホピとはそんな存在を意味する言葉でもある」ホピの予言の岩の話から。
猪風来さんは新潟出土の火焔式土器を示して、縄文造形理論と縄文スピリットについて語られた。両者には共通するものが非常に多い。ほとんど同じと言って過言ではない。なぜなら母系制社会では、地球に存在するすべてのものに生命があり、すべては母なる大地から生まれたものであると考えるからだ。
この交流会が『黒潮の海』を前に、旧体育館で行われたのは最もふさわしかった。私たちは大地(海も)の恵みの中で生き続けている。ルーベンさんは連れてきた「マーサオ」と呼ぶ火(日)を守る神を象徴する神を黒潮の海の片隅に据えた。マーサオは地球の守り主である。すべての生命のバランスをとりながら地球を守る主である。まさにホピ的生き方ができる火を世話する神である。私たち自身も創造物である。一人ひとりに何か役割がある。人生を無駄にしないでベストをつくすことである。
アメリカ合衆国にあって、居住地を奪われ、迫害の歴史をたどりながら、今も母系制社会を維持し伝統を守りつづけるホピ族の代表としてホピのスピリットと哲学を伝えてくださった。
猪風来さんは12000年つづき約2500年前に父権制社会移行した日本列島の母系制社会縄文について社会の有り様や哲学について語られた。
「私たちは母なる大地の子どもである。平和を象徴するため4つの人種が置かれている。ホピは赤い色の、日本人を黄色というように。人種は違えども我々は皆兄弟姉妹であることを忘れないで。すべての存在のバランスをとりながら生きるのがホピの生き方。ホピとはそんな存在を意味する言葉でもある」ホピの予言の岩の話から。
猪風来さんは新潟出土の火焔式土器を示して、縄文造形理論と縄文スピリットについて語られた。両者には共通するものが非常に多い。ほとんど同じと言って過言ではない。なぜなら母系制社会では、地球に存在するすべてのものに生命があり、すべては母なる大地から生まれたものであると考えるからだ。
この交流会が『黒潮の海』を前に、旧体育館で行われたのは最もふさわしかった。私たちは大地(海も)の恵みの中で生き続けている。ルーベンさんは連れてきた「マーサオ」と呼ぶ火(日)を守る神を象徴する神を黒潮の海の片隅に据えた。マーサオは地球の守り主である。すべての生命のバランスをとりながら地球を守る主である。まさにホピ的生き方ができる火を世話する神である。私たち自身も創造物である。一人ひとりに何か役割がある。人生を無駄にしないでベストをつくすことである。
2016年10月10日月曜日
秋の縄文野焼き大会でこんなのもらいました!
4連休初日は縄文野焼きをしました。夏の疲れか、体力の低下を感じつつ頑張りました。今回はさほど大きな作品がなくて助かりました。新しい焚き木が野炉の傍に置かれたため、火が間近に迫り狭い空間を移動しなければならず、私たちもいつも以上に熱くあぶられました。
野焼きはやってみなければわからないものです。今回で4回目の私たちは3人で、はじめはひどく心配でしたが、初めての全く知らない人9人とも補いあって、無事に1つも割ることなく生み出すことができました。野焼きの最後に「縄文野焼き大賞」のうち「法曾焼き同好会会長賞」というのを私の「ミミズク土偶」がいただきました。残念ながら作品は写真に撮る暇がありませんでしたが、来年の春の野焼き祭の後には返ってきます。また見ていただける機会があると思います。
賞状の他、記念品に猪風来さん作の土偶1体、法曾焼き湯呑、ほうそ茶をいただきました。
土偶は店に飾ります。小さな土偶は、お守りとして作られていたようです。この土偶は一刻堂のお守りとして大切にします。
野焼きはやってみなければわからないものです。今回で4回目の私たちは3人で、はじめはひどく心配でしたが、初めての全く知らない人9人とも補いあって、無事に1つも割ることなく生み出すことができました。野焼きの最後に「縄文野焼き大賞」のうち「法曾焼き同好会会長賞」というのを私の「ミミズク土偶」がいただきました。残念ながら作品は写真に撮る暇がありませんでしたが、来年の春の野焼き祭の後には返ってきます。また見ていただける機会があると思います。
賞状の他、記念品に猪風来さん作の土偶1体、法曾焼き湯呑、ほうそ茶をいただきました。
土偶は店に飾ります。小さな土偶は、お守りとして作られていたようです。この土偶は一刻堂のお守りとして大切にします。
| 猪風来作の小さな土偶 |
2016年10月8日土曜日
ごめんなさい!4連休です!
明日から縄文野焼きのため4連休です!9日は野焼きの後、アメリカ先住民族のホピの方たちとの交流会などが夜遅くまであります。
昼間の野焼きに続いての行事が続き、暗い慣れない一本道を帰るのはきっと事故を起こすという自信があります。よって、近くの農家に泊めてもらいます。朝早く帰る予定です。前回の経験から翌日は辛くて苦痛でしたので、思い切って休業させていただきます。翌日は火曜日。2日間の定休日となります
。木曜日には元気に開店しますのでお出かけください。
昼間の野焼きに続いての行事が続き、暗い慣れない一本道を帰るのはきっと事故を起こすという自信があります。よって、近くの農家に泊めてもらいます。朝早く帰る予定です。前回の経験から翌日は辛くて苦痛でしたので、思い切って休業させていただきます。翌日は火曜日。2日間の定休日となります
。木曜日には元気に開店しますのでお出かけください。
縄文野焼きができますように!
9月は「晴れの国岡山」は日照不足で、野菜が伸び悩んだり腐ったりしているとか。安心することなかれ!天変地異は等しく各地に忍び寄っているのだ。今朝は、阿蘇の噴火に驚いた。長い長い歴史の中には、こんなふうに地球が不安定な時代があったことでしょう。
明日の野焼きが無事にできますように。私たちには祈ることしかできません。縄文の人々と同じように。
明日の野焼きが無事にできますように。私たちには祈ることしかできません。縄文の人々と同じように。
神力車夫 祥平さんとの出会い
9月23日イワクラ学会で伊勢神宮領内にある鏡岩に向かいました。あいにく病み上がりだった私は増水した五十鈴川の源流を水に浸かって渡り、朝までの雨に濡れた山の斜面を鏡岩まで行くことを躊躇して、数人でバスまで引き返していました。
駐車場でもない狭い山道に止めたバスにいると、時折小雨が降る中を乗用車と軽トラックがやってきました。小型バスの運転手はぎりぎりまで端により道を開けました。リーダーらしい若い人が「イワクラ学会に知っている人がいるんです」と言って乗り込んできました。
「僕、伊勢神宮で人力車を引いているんです。鏡岩にお客さんを案内していくところなんです」車外には若い女性がたくさんいました。
一昨日お客さんから聞いていた山田くんだ!ピンと来て「岡山の一刻堂です」名乗りを上げた。大きな手を差し出してきた彼と握手を交わした。
迷いは消えて講演話を受ける方向で考えようと思った瞬間でした。
駐車場でもない狭い山道に止めたバスにいると、時折小雨が降る中を乗用車と軽トラックがやってきました。小型バスの運転手はぎりぎりまで端により道を開けました。リーダーらしい若い人が「イワクラ学会に知っている人がいるんです」と言って乗り込んできました。
「僕、伊勢神宮で人力車を引いているんです。鏡岩にお客さんを案内していくところなんです」車外には若い女性がたくさんいました。
一昨日お客さんから聞いていた山田くんだ!ピンと来て「岡山の一刻堂です」名乗りを上げた。大きな手を差し出してきた彼と握手を交わした。
| 鏡岩入口にて祥平さんと出会った |
| その後行った「鸚鵡岩」辞め全体が岩 |
「縄文古事記」講演会
なんとも説明の難しい題名の講演会のご案内です。
縄文は先住の民であり、古事記を奉じた弥生の民を受け入れたものの裏切りに合い、滅ぼされていきました。しかし、受け入れ融合したことで弥生人と結合し、私たちの中に脈々と生き残ってきました。古事記は勝者弥生人(渡来の民の血を色濃く受けた鉄の武器を持つ人々)が縄文以来の伝統や語り継がれた神々の物語を自分の側に都合よく書き直したもの。そのあたりに抵抗がある縄文人一刻堂は、紹介者を介して、この話が伝えられたとき、神力車引きの祥平くんの「カミがたり」をお断りしようと考えていました。
ひょんなことから伊勢の神宮領内で彼と出会い、あえて店で面談してこの講演会をする決断をしました。見解の相違はありつつも1つの提起として、彼と弥生古事記ファンを縄文人として包摂して、受け入れていこうと決めたのです。何より彼の人柄をかってのことです。一刻堂に集う人々のカミのとらえ方がお互いぶれませんように。安易ではないが深く理解し合えることを願っています。
縄文は先住の民であり、古事記を奉じた弥生の民を受け入れたものの裏切りに合い、滅ぼされていきました。しかし、受け入れ融合したことで弥生人と結合し、私たちの中に脈々と生き残ってきました。古事記は勝者弥生人(渡来の民の血を色濃く受けた鉄の武器を持つ人々)が縄文以来の伝統や語り継がれた神々の物語を自分の側に都合よく書き直したもの。そのあたりに抵抗がある縄文人一刻堂は、紹介者を介して、この話が伝えられたとき、神力車引きの祥平くんの「カミがたり」をお断りしようと考えていました。
ひょんなことから伊勢の神宮領内で彼と出会い、あえて店で面談してこの講演会をする決断をしました。見解の相違はありつつも1つの提起として、彼と弥生古事記ファンを縄文人として包摂して、受け入れていこうと決めたのです。何より彼の人柄をかってのことです。一刻堂に集う人々のカミのとらえ方がお互いぶれませんように。安易ではないが深く理解し合えることを願っています。
縄文古事記講演会 11月4日(金)10時~13時
講師 山田祥平
東京生まれ。京都の大学卒業後、人力車で日本1周。伊勢でかたりべ、人力車夫・案内
人。 ”ほんとうの自分を生きる”をテーマに活動は多岐にわたる。
参加者 14名まで 必ず予約してください。
参加費¥5000+お昼の軽食オーダー (小冊子つき。黒蔵茶お代わり自由)
ご予約は、携帯090-4418-3838 一刻堂
ご質問は、携帯090-3838-6321 山田祥平
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